アメリカ合衆国の首都ワシントンDCには、大統領の邸宅「ホワイトハウス」や「連邦議会議事堂」、キング牧師の演説で有名な「リンカーン記念堂」など、“これぞアメリカ”という観光名所が数多くあります。
でも、観光だけで終わるのはちょっともったいない。首都郊外にガイドブックにはほとんど載っていない、ちょっとディープで魅力あふれる「ベトナム人街」があることをご存知でしょうか。今回はそのエスニック感満載の「ベトナム人街」と大人気のフォー専門店を、現地在住の海外書き人クラブ新会員・阿部貴晃がご紹介します!
アメリカ料理に少し疲れたら、ベトナム人街へ
日本からワシントンDCに観光で来られる方は、ホワイトハウスやリンカーン記念堂で写真を撮ったり、スミソニアン博物館を見学したりすることが多いと思います。グルメとショッピングの街・ジョージタウンを散策される方もいるかもしれません。
お腹が空いたら首都圏発祥の人気ハンバーガーチェーン「ファイブ・ガイズ」で、ボリューム満点のハンバーガーとフレンチフライを味わうのも一つの手。ピザやステーキなど人気レストランも数多くあります。
ワシントンDC旅行ではアメリカらしい食事を楽しめますが、ボリューム満点で高脂肪・高カロリーのアメリカ料理が続くと、2~3日目あたりで「そろそろ胃に優しいものが食べたい…」と思う人も多いはず。そんな時にぜひ訪れてほしいのがベトナム人街と大人気のフォー専門店です。
移民の国アメリカにはニューヨークの中華街やロサンゼルスの日本人街など、多くの「○○人街」があります。しかしワシントンDCとその周辺には意外と少なく、日本人街は存在しません。中心部にある中華街も5ブロックほど。韓国人街と呼べる地域もありますがDC中心部からはかなり離れています。
今回ご紹介するのはアメリカで最もホットなベトナム人街の1つといわれるベトナム系飲食街「エデンセンター(Eden Center)」です。ワシントンDC近郊でここまでアジアの熱気が凝縮された場所は他にありません。


首都近郊に広がる“小さなベトナム”エデンセンター
エデンセンターがあるのはワシントンDCから車で約15分のバージニア州北部。地元自治体も「首都圏でも特に個性的で歴史ある知る人ぞ知るスポット」として紹介しています。
一般的な観光ルートでは味わえない、ガイドブックにはほとんど載っていないちょっとディープな世界が広がっています。
ここには家族経営のレストランやカフェ、ベーカリー、スーパー、ヘアサロン、お土産店など120以上の店舗がひしめいています。一歩足を踏み入れると色鮮やかなベトナム語の看板やレストランから漂う香草の香りに圧倒され、「ここアメリカの首都の近くだったよね?」と驚いてしまうかもしれません。アメリカの首都圏というよりもまるで東南アジアに迷い込んだかのような雰囲気です。


そしてもちろんベトナム料理はどれも本格派。生春巻き、バインミー、フォーなどの庶民的なベトナム料理店が並びます。値段は驚くほどリーズナブル。アメリカ料理で少し疲れた胃にもこれ以上ない癒やしです。
「リトルサイゴン」から続く「エデンセンター」誕生の歴史
エデンセンターが誕生したのは1984年。そのルーツは1970年代、バージニア州北部のクラレンドンという街に生まれた「リトルサイゴン」にあります。地元メディアの情報によると、地下鉄工事中で賃料が安かったクラレンドンに多くのベトナム系移民が集まり、独自のコミュニティを形成。しかし1979年に地下鉄駅が完成し再開発が進むと賃料が急上昇。そこで多くの店が移転し、現在のエデンセンターが形成されました。今ではアメリカ東海岸最大級のベトナム系コミュニティとして知られています。背景を知るとエデンセンターをもっと身近に感じられると思います。


地元民に長く愛される、フォーの名店「フォー75」
エデンセンターにもおいしいフォーの店がたくさんありますが、旅行者に“絶対におすすめしたい名店”は別にあります。それが地元民から圧倒的支持を受けるフォー専門店「フォー75(Pho75)」。

DC中心部からのアクセスは抜群。ホワイトハウス最寄り駅から地下鉄でわずか3駅! 観光の合間に立ち寄りやすいのも魅力です。
店に入った瞬間、香草とスパイスの強烈な香りに思わず立ち止まってしまうほど。苦手な人もいるかもしれませんが、私はこの香りが「これからフォーを食べるんだ」という気持ちを一気に高めてくれました。
店員さんのぶっきらぼうな態度も印象的。日本の丁寧な接客に慣れていると驚きますが、不思議とどこか温かみがあります。

店内がどこか昭和っぽく感じられるのは、注文から会計までが完全アナログだからでしょうか。タブレット注文やセルフオーダーはなく注文は店員さんに口頭で伝え、店員さんが紙にペンで書き取ります。支払いも現金のみ。
とはいえフォー75は注文がとても簡単。メニューはほぼフォーだけなので、好みのトッピングの番号とサイズ(普通 or 大盛り)を伝えるだけ。英語が苦手でもまったく問題ありません。
40年変わらぬ味──フォー75の“究極の一杯”
10分ほどすると、湯気を立てたフォーが運ばれてきます。
まずはふわりと鼻に抜ける香草の香り。スープをひと口飲むと驚くほどあっさり。麺はつるりと喉ごしがよく、牛肉の旨味もしっかり感じられます。
アメリカで食べているとは思えないほど軽やかな仕上がりで、二日酔いの日や旅行中の食べ過ぎリセットにも最適。寒い季節にもぴったりの温まる一杯です。

1985年の開店当初は大盛りで約6ドルという破格でしたが、今では倍以上。それでも“圧倒的コスパの良さ”として地元の人々に愛され続けています。
東京へ帰任した日本人駐在員が「フォー75の味が忘れられない」と語るのも納得です。アメリカ大統領が変わり街並みが移り変わっても、フォー75は40年変わらない味と雰囲気でそこにあり続けています。
ワシントンDC旅に“ひと味”加わる、アジア体験を
ワシントンDCの旅に少しスパイスを加えたいなら、エデンセンターのちょっとディープな空気、フォー75の極上フォーはまさにぴったり。次にワシントンDCに訪れる際にはぜひ“アメリカの中のベトナム”をのぞいてみてください。
ありきたりな観光では味わえない、とっておきの体験があなたを待っています。
(文・写真 阿部貴晃)